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成都万里橋
   

万里橋は秦の時代、成都の太守・李氷が建てられた。成都で古い橋の一つであり、成都の有名な南北交通の要路でもある。
三国時代に蜀漢丞相の諸葛亮が大臣の費?を送って東呉に使役し、この餞別で費?は「万里の道は、この橋から始まった!」と言った後、後人はこの橋を万里橋と呼んだ。
唐代の詩人・張籍もにぎやかな万里橋のために裏書し、「万里橋のそばには酒家が多く、観光客は誰の家に泊まるのが好きだ」と言って、後世の人を万里の橋に憧れさせたことがある。有名な詩句「門泊東呉万里船」唐代の杜甫により、ここ、書いた。

清末民初期の万里橋
万里橋が完成してから、風雨に浸食されたり、戦乱に遭ったりして破壊されたりして、何度も修理改造を経てきた。北宋の時、石盤木梁廊橋に改築された。康熙五年、成都の巡撫張徳地及び同僚、府県の官吏を率いて俸給を寄付し、知府冀応熊書「万里橋」は傍らに刻石した。乾隆年間、四川総督李世傑が七孔石アーチ橋に改築された。光緒年間、万里橋は通りの拡張に伴い改築され、改造後の石アーチ橋は20丈に達し、橋幅は3丈余り、石板のガードレールを建て、橋の上に市を設けた。1939年、下流に新南門大橋が建設され、万里橋は通称老南門大橋と呼ばれた。